威風堂々  国宝通潤橋

  熊本日日新聞、4面ぶち抜き、破格の扱いで山都町、「国宝、通潤橋」の紹介記事が載っていた。山都町出身の私は、郷土の通潤橋が国宝に指定されたことは誇りである。
「威風堂々、黙して語らず、通潤橋は満を持して国宝へ」と紹介記事にある。通潤橋が鎮座している白糸台地には何度も出かけたことがあるが、棚田が美しい地域である。

 江戸時代までは、米ができない、貧しい農村地帯で水さえあれば、と空を見上げては諦めていた。山の上では水は湧き出ない。
昔、アルキメデスの原理を知ってたかどうか定かでないが、当時の石工の高度な土木的技術の知識を持っていたに違いない。
 
 退職後、通潤橋橋守に親戚が携わっていた。地元にいて通潤橋のことを詳しく知らない私に、説明してくれた。その横顔は誇らしげであった。
自慢話を一つ。橋守であった親戚は、通潤橋の放水の絵を、当時オープンしたばかりの通潤荘に寄贈した絵の場所に案内してくれた。今、飾ってあるか不明だが、国宝指定に天国から喝さいを浴びせているだろう。