人生いろいろ

人生、75年も生きていると色んな事に出っくわすものだ。それも最近甚だしい。身の回りだけでも、熊本地震、家は崩れ、命の危険さえ感じた。
人吉大洪水、コロナ感染、次から次へ、今まで経験したことのないことばかりで、経験しないで済むものなら、したくない経験、体験である。

円楽師匠、アントニオ猪木の死忙、早すぎる死忙である。今までお茶の間を賑わした有名人が鬼籍に入ると、自分の身に迫つていることをフスフスと感じる。
ヤクルト村上選手が偉大な、あの王さんの本塁打記録を58年ぶりに塗り替えた。最年少で三冠王、快挙である。おめでとう!!56号打つには並みならぬ努力があったに違いない。素質ばかりでは打てない。監督、周りの同僚のお蔭である。

私の友人、知人、それに家族だった兄姉が天国に旅立った。大切な人がっこの世からいなくなった寂しさは例えようのない気持ちである。
人生、悲喜こもごも、しかし捨てたものでない。喜びもあれば、苦しみも襲ってくる。色々あるから人生は面白いのである。

美里のマチュピチュ


散歩の会の下見に、美里町のフットパス、「小崎棚田コース」に出掛けた。菊陽の自宅からおおよそ45kmの距離だ。
会長のTさんと朝、8:30に家を出た。途中給油したりして時間を取ったが、、美里町に向かって無事スタートがきれた。

黄金に熟れた稲穂に目を奪われながら、スタートと地点の小崎神社に無事着いた。何しろ初めてのコースで期待より、不安ばかりが先にたった。
不安で緊張している時、地元の人との会話が心を和ます。親切な人に出会うにはこちらも胸襟を開かなければ、相手にされない。

フットパスは目的は、地元の人と打ちとけて交流することである。人間の本来持っている優しさが、快い親切が、心に沁みる。
道に迷い、不安と戦いながら歩き回り、人間の根源的な暖かさに触れ、帰りの車の中で思わず、「バンザイ」を叫んでしまった。





神無月

神無月、神様が留守しているからと言って、やりたい放題とはいかない。羽目を外すにはもう十分歳をとっている。
朝から青空が広がっている。気持ちのいい朝である。ひんやりした空気を胸一杯吸い込んだ。「今日も一日頑張るぞー」、と気分が高揚してくる。

町長選挙の投票日である。棄権したいが、身近な選挙、頼まれた候補に清き一票を投じなければ、義務感から投票所に歩いて向かう。
近所のTさから「朝から散歩ですか」、「投票に行って来ます」。「暑いのにご苦労さん」、近所付き合いも丁度いい距離感である。

投票所まで歩いて10分位の距離で、車で行くまでもない。青空の下歩くと運動にもなるし健康にも良い。選挙の義務をはたすことにもなる。
PM8時過ぎにブログを書いているが、まだ投票結果は出ていない。当選は一人で、あとの二人は涙をのむことになる。当選したら住民のために頑張ってもらいたい。

貧幸

「貧幸」の方が「豊幸」より言葉としては好きだ。今の私の生き方と合致しているからだ。10月1日から惨めな話は嫌だが、能天気に暮らせない。

文藝春秋倉本聰さんが、「老人の提言」として寄稿している。其れは近ごろの若者の元気のなさに業を煮やして、「若者への文句を遠慮なくぶちまけよう」との企画である。
若者に、迎合することなく、嫌われても、このままの日本では遠からず滅んでしまうと、「貧幸」の薦めを上梓している。

今日から月がかわる。酒類や食品類等々が一斉に値上がりする。こんな時期、我々老人の出番である。値上げに恐れるに足らず、食うものを控え、着る物は流行に流されず、ガソリンより水が大切である。
戦後を生き抜いた我々は、少々のことではへこたれない。貧しいとも心が豊かなら幸せである。「貧幸」こそが温暖化で地球滅亡を乗りこえる道で、世の中を昔に戻しましょう。大いに賛同したい。ビールあ2日に一本にするぞー!!

夜長月




アラームが鳴るまでぐっすり寝入ってしまうことが多くなった。9月と言うのに暑く寝苦しい夜が続いた。
暑さ寒さも彼岸まで、彼岸過ぎて急に朝晩ひんやりしてきた。タオルケット一枚では寒さで夜中に目を覚ますことがある。

9月を夜長月とは、昔の人はよく言ったものだ。夜が長いと言う事は、たくさん眠れることだ。暑くもなく、寒くもなく、眠るには丁度いい。
夜長月で枕を高くしてゆっくり寝たいが、世間は騒がしい。統一教会問題、国葬、それに酒類、食品類の値上げ、くつろいでいる場合でない。

9月、夜長月は今日で終わりである。過ぎてみればあっと言う間である。何もしないで食って寝て、それでも体重は減っていた。
無為に過ごして、反省ばかりであるが、反省はサルでもできる。明日から神無月になるが、神様がいないからと言って、羽目を外すことはない。一日一本の缶ビール!!



値上げの季節

生活必需品の値上げは財布に響く。酒類や食品が10月から値上げのピークを迎える。値上げに季節などない。それでも家計に響く一斉値上げに、盛秋を感じる。
主夫になって4年近くなる。それまで、酒類、食品の値段など気にしたことはない。いる物は要る。値上げになれば、ケチケチ生活、使わなければよい位の、軽い気持ちでいた。

財布を握るようになって、年金生活をするようになって、生活力が付いてきた。無駄な電気、無駄な水道、無駄遣いを戒めるようになった。
卵が安い、マヨネーズが安い、チラシを見比べるようになった。主婦は何時もこれ位の節約術を身につけていた。涙ぐましい努力で家庭を支えていたのである。

主夫になって主婦の苦労がようやくわかって来た。もう少しはやく気づいていればと悔やむが、覆水盆に返らずで後の祭りである。
ビールの値上げはこまる。夕食の前の冷えたビールを一杯。至福の瞬間である。ビールはいくら値上げしても喉を潤す。

町長選挙

9月27日菊陽町町長選挙が公示された。狭い町内の新人三つ巴の選挙で、3人共よく知っている。3人共立派なパンフレットは共通している。
事前におびただしいパンフレットが新聞受けに入っていた。これだけの印刷物に相当なお金がつぎ込まれただろう。

町長選挙に立候補するには、お金がないとパンフレット一枚作れない。金持ちの選挙になりかねない。これが選挙の現実かも知れない。
出陣式に招かれたが、誰を応援するかまだ決めていない。どの候補者の出陣式に足を運ばなかった。

選挙カーからの、名前お連呼するだけの選挙風景は今回も変わらない。やはり、候補者は町のビジョン、政策を訴える姿勢が一番である。政策本位の選挙にすべきである。
現実の世界、政治は理想通りには運ばないが、地縁、血縁、金券のしがらみ選挙は脱却してもらいたい。騒音をまき散らす選挙から民主主義は育たない。