たそがれ清兵衛

たそがれ清兵衛」を久しぶりに観た。BSで録画した藤沢周平原作の時代劇である。真田広之、好きな俳優だ。宮沢りえはスキャンダルまみれで、眉をひそめていた。
宮沢りえは、「たそがれ清兵衛」で明るいが質素な女を好演していた。出戻りの女役は到底無理だと思っていたが、固定観念などあてにならないものだ。

山田洋次監督は、江戸末期、下級武士の生活を丁寧に描いていた。人間とは何か、人は何が大事か、私が共鳴する精神がちりばめられていた。
どんなに文明、文化が進んでも人の心は変わるものでない。嘘をついたり、人の心に響かない饒舌でまくし立てても信頼は得られない。時代が変わっても同じである。

妻に先立たれた清兵衛の生き方は、子供の成長を心の支えに強い信念で、真面目に勤めにいそんじていた。実直で真面目な生き方は時代が変わっても微笑ましいものだ。
どんな強い信念を持っていても、それより大事なものがある。人は一人では生きていけない。人と人のぬくもりは、人生において一番大事であると語りかけている気がする。「たそがれ清兵衛」、日本アカデミー賞を受賞している。

大寒波

夜半に目を覚ました。そう言えば大寒波が九州を襲うと盛んにラジオ、テレビが報じていた。水道管が凍結すると注意していた。
寝る前に、蛇口を少し開けて寝るのをすっかり忘れていた。水道管が凍結しして破れたら、生活はたちどころに行き詰ってしまう。修理費も馬鹿にならない。

夜中2時頃、寒さにうざぶるいながら蛇口をゆるめた。途中で気づいたからよかったものの、危うい所で凍結を免れた。
平地で20センチ、雪が積もると警報が出ていたが、雪のない何時もの通りの朝を迎えホッとした。凍結は免れたものの、朝食準備時、

お湯が出なくなっていた。

生活にはライフラインが一つかけても不便極まりない。文明生活は、自然の猛威には、ひとたまりもない。
テレビ番組で、外出はなるべく控えるようにと警告していたが、勿論本日外出予定なし。家でゆったり構える。

天空神社

倉岳神社

天草大橋、1号橋を渡ると異次元の世界に、いざなってくれる。ヤシの木が、紺碧の海が、ゆったりした心に開放してくれる。
白嶽、蕗嶽、鋸嶽を無事踏破する事が出来、最初の目標は何とか達生出来た。低山の天草の山であるが、抜群の眺めは目に焼き付いている。

折角天草に来たついでに、最高峰、倉岳に立ち寄ってみることにした。倉岳も10年以上登つていない。
倉岳は天空の神社として若者に人気があるらしい。毎日、若者を中心に100人近く押し寄せている。

倉岳は頂上まで車で行ける。便利であるが、頂上までの道は極端に狭い。途中すれ違うのは至難の業である。事故も多発している。
我々が登つた時、車にすれ違う事もなくラッキーであった。頂上には井戸があり、手の届くところまで透き通った水がきていた。頂上に井戸水があるとは不思議である。
どう考えても自分には理解できない。不思議?



観海アルプス

山登りは、一歩を踏み出さなければ頂上に達しない。そして一歩一歩っかくじつに足を運べば必ず頂上にたっする。山登りの鉄則である。
初登山に、10年前に登つたことのある天草観海アルプスっコースに挑んでみた。昨年12月根子岳に10年ぶりに登つた。

根子岳登山はそんなに難しい苦労した記憶はない。今回は、登り始めるとそれはそれはきつい登山になった。簡単に登った記憶は何だったのか。私の自信は脆くも崩れ去った。
観海アルプスコースは300m級のなだらかな山であるとなめていた。観海アルプスコースと言うだけあって展望抜群の記憶しかない。

道路横の広場に車を停め、白嶽に登り始めた。10年前の記憶ほとんど消えていたが、いきなりの急登で、逆回り、反対回りに気づいた。
一周すれば同じことだ。出発点に戻る。納得して歩き始めたが、逆コースは全て新鮮に映る。八代海の素晴らしい雄大な眺めを一人占めした。
白嶽、蕗嶽、鋸嶽、今回はタフなコースになっていた。私が確実に高齢者になっていたのだ。同じコースでも急がず、慌てず、ゆっくり楽しみながら登ることだ。

のせるだけのり巻き

毎月一回、第3金曜日が男の料理教室、通い初めて17年経つ。17年の間、色んな事があった。今からも起きるだろう。
YさんとMさんが呼びかけ人で、「男の料理教室」として発足した。発足当時会員が集まらず男女半々12人でスタートした。男性会員は女性に頼り、上達は微々たるものであった。

料理教室の合い間に、花見したり、牡蠣小屋で熱燗を酌み交わしたり、和気あいあいなごやかな雰囲気であった。
男も台所に入って自立する理想を掲げて設立した料理教室だが、笛吹けど踊らずの私のような会員に嫌気をさして会員もほとんど入れ替わった。

発起人のYさん、Aさんが辞められた時、存続の危機にあったが、M先生の努力で何とか持ちこたえている。
それでも、コロナ禍には打つ手がない。料理教室は人が集まらなくては成り立たない。私は17年料理教室にかよっている。そろそろ後進に譲りたいが、枯れ木も山の賑わいで、頑張っている。

立田山散歩

雲一つない散歩日和だ。明日から横綱級の寒気団が襲って来るそうだ。コロナ禍で
参加者は集まるだろうか。
集合時間のAM8時半、遅れず5分前に着いたが、会員の皆様は揃われていらっしゃる。高齢者は律儀で時間は正確である。

参加者は私を含めて5人、丁度いい人数である。多ければいいものでない。皆がコミュニケーション取れ、ゆっくり散歩が楽しめるのは少ない人数である。
立田山には山の神の祠があちらこちらにある。山の神に今年の無事や健康を願って丁寧にお参りした。

冷気を含んだ底冷えのする木々の中を歩いていると、神秘的な精霊が宿るような気がする。特別な力をもらったような感じになる。
散歩を終えて、スマホの万歩計を見ると18000歩お越えていた。凄い数字だ。楽しく歩いていると、きつさも忘れ、健康に貢献している。





白嶽、蕗嶽、鋸嶽

自宅を早朝7時前に出発した。通勤前のラッシュを避けるためもある。冬は天草の山が狙い目であるが、熊本市内を通り抜ける必要がある。
先日まで記録的暑さだつたが、冷え込んできて登山日和になった。白嶽、蕗嶽、鋸嶽、には10数年前登つたきりで、登山口までの道路事情がこころもとない。

ナビがあるからと高を括っていたが、ナビが明らかに間違っていた。テクノロジーも当てにならない。
運よく村人に出合ってこと無きを得たが、冷や汗ものだった。山中では、最後はデジタルで人の力だ。ナビに入力するのに「フキ嶽」としたのがそもそもの間違いだった。

私が「フキ嶽」と、思い込んでいたが、地元では「ツワ嶽」と呼んでいる。「蕗」と言う字は「ふき」とも読めるし「ツワ」とも読める。
しょつぱなから私の慌て者、おっちょこちょいの性格が災いして、山友の仲間に心配をかけ不安にさせてしまつた。私の性格は死ぬまで治らない。どうもすみません。