神無月

がんぜない子供の死には心が痛む。未来ある、将来ある子供の死は高齢者の、老衰の死とは同じ死でも悲しみの度合いが違う。
大人の不注意が重大事故につながっている。保育園での置き去り事故は、昨年、死なないで済む幼子の命を奪っている。こんな悲しい事故は、二度と繰り返さないと誓ったのに、また今年も、通園バス置き去り事件が起きている。

高温のバスの中に置き去りにされた園児の事を思うと、心が折れそうになる。どれだけ苦しかったか、想像もできない。
関東では、子供が不可解な水死を遂げている。どう考えても事故死とは考えにくい。一人で子供を遊びに出しても、安全だった日本社会が、変容している。

日本のモラルは、誰が見ていなくとも、天道さまが見ていると、抑止、倫理観が小さい頃から植え付けられていた。こどもを外に遊びに出すとき、夜道を歩く時、用心に用心をする必要がある。
神が留守していても、安全、安心が警備会社に委ねるようでは、日本の未来はない。