敗者への賛歌

f:id:sin0501:20220217162416j:plain

f:id:sin0501:20220217162514j:plain

f:id:sin0501:20220217162551j:plain

昨夜は夜更かししてしまった。オリンピック、日本対米国の試合、カーリング中継を最後まで観ていた。夜の9時から始まり11時過ぎまで熱戦が繰り広げられた。

最初日本がリードして楽勝と思われたが、中盤アメリカが同点に追いつき、終盤に日本が突き放す、手に汗握る大熱戦であった。

これで米国は決勝進出の望みは絶たれ、頑張って来た選手に拍手を送りたい。カーリングは最後に負けを認めて試合は終わる。スポーツマンシップは爽やかである。
其れに較べ、フィギュアスケートはドーピング問題で揺れている。ロシアの15歳の少女が当事者なので心が痛む。未だあどけない要保護者の立場にある。

ドーピング違反までして栄光を手にしたいか。不正までして金メダルを取りたいか、そこにはスポーツマンシップのかけらもない。
オリンピック競技は勝者があれば敗者は其の数十倍もいる。敗者がいなければ勝者もいないのである。勝者は敗者を称える義務がある。カーリングの試合を観ての感想である。